【子育てで子どもを褒めたいときの褒め方】

子育て

こんにちは、けんさきです。

保育士をしている傍ら子育て中のみなさんや保育士の方の
力になれればと思い毎日ブログを書いております。

さて、今回は褒め方についてです。

まず初めに「アドラー心理学」によると褒めるという行為は必要ない行為だそうです。
私も本で読んで驚きましたがアドラーにはアドラーなりの言い分があるので一度読んでみてください。

おすすめは「嫌われる勇気」ベストセラーの物ですね。

しかし世の中、特に子育てで考えていくと

やれ褒めて伸ばす
褒めることが教育には大事だ

というような本や情報は少なくありません。

なので私も考えてみました。

もし褒める事前提で考えるならばどんな褒め方がいいんだろうと。

そして今の私の考え、つまり結論を申し上げると

結果ではなく過程を褒めろ

ということです。

結果を褒めるという事

まず結果を褒めるということについて考えていきます。

小学二年生のAちゃんは運動会の徒競走で1位を目指しています。

毎日走る特訓をし、お母さんと話すときは
「○○君早いから抜かせるかわからんねん。でも1位取りたい」
と運動会に向けて気持ちも体も一直線でした。

そして運動会当日、徒競争の結果は何と1位!

この時お母さんが娘のAちゃんを褒めた言葉は

「1位取るなんてすごいわね!二年生で一番早いんじゃない!?」

でした。

もちろんお母さんに言われた言葉にAちゃんは大喜びで運動会は幕を閉じました。

これが結果を褒めるということです。

過程を褒めるという事

では次に過程を褒めるというとどういうことかというと

小学二年生のAちゃんは運動会の徒競走で1位を目指しています。

毎日走る特訓をし、お母さんと話すときは
「○○君早いから抜かせるかわからんねん。でも1位取りたい」
と運動会に向けて気持ちも体も一直線でした。

そして運動会当日、徒競争の結果は何と1位!

この時お母さんが娘のAちゃんを褒めた言葉は

「Aちゃん毎日走る特訓していたものね、コツコツ頑張る姿素敵だったよ」

です。

これが過程を褒めるということです。

同じ内容で、お母さんの褒める言葉だけが違います。しかし2つとも
お母さんは娘の1位を一緒に喜んでいるのに変わりありません。

ならどっちでもいいんじゃない?と思うかもしれませんがそれは違います。

次のパターンで考えるとわかりやすいかもしれません。

上手くいかなかった場合

B君は次の期末テストで数学のテスト90点をめざして勉強していました。

そのために1か月前から
毎朝数学の予習をし
帰ってきたら復習をしました。

テスト1週間前にはさらに勉強時間を増やしていました。

そしてテストの結果が返ってくるとなんと

85点でした。

平均点よりはかなり上で目標には届きませんでしたが
それでも優秀なことには変わりありませんでした。

この時結果を褒めてしまうとどうなるでしょうか。

「B君、85点も十分すごいよ。偉いね、頑張ったね」

となります。

そして過程を褒めると私ならこうなります。

「B君、この1か月毎日継続して努力する姿は素晴らしかったよ。
目標には届かなかったけど次に目指して頑張っていこうね」

というような感じになります。

目標を超えられていないという結果。その中で褒めようとすると
前者のような言い方になってしまいます。

皆さんも経験ありませんか?
テストで自分の思っていた点に届いていなかったとき
がっかりしていると友だちから
「それでも十分すごいじゃん!」

って、褒められたのに素直に喜べなかったこと。

これと同じです。

目標に届いていないのに結果を認めてしまうということは
君の実力はその程度だったんだよそれで喜びなよ
という褒めているようでその子の頑張りを認めないことになってしまうんです。

後者の場合は素直に目標に届いていなかったことは現実として受け止め
そこに関してはあまり必要以上に触れません。なぜなら本人が一番よくわかっているから。

けれどもその子の頑張りをしっかりと見ていたよ、私はあなたが
頑張っていたことをちゃんと知っているよ
ということを伝えています。

あぁ、ちゃんと見てくれる人はいたんだな、となります。
そしてこれを褒めるというのではなく認めると表現することもあります。

結果を褒める危険性

結果を褒めるというのは結構危ないものなんですよね。
なぜかというとテストで90点取ることが目標だったのに
褒められるという行為の喜びに気が付いてしまったおかげで

褒められることが目的に無意識になってしまうからです。

そもそも勉強や運動は自分のためにやっているものです。

つまり勉強だと知識を得ること(報酬)
   運動だと技術を得ること(報酬)

だったのに

それを褒める(報酬)

に置き換えてしまう

するとどうなるかというと褒められなくなるとやらなくなっていくんですね。

日本でこういう実験がありました。

絵が好きな子ども

とある施設内で絵を描くのが好きな子どもたちをグループ1,2に分け

1のグループは1枚描くことにシールを一つプレゼントしました。

2のグループは絵を描くことをそのまま楽しんでもらいました。

この2つのグループは元は純粋に絵を描くが楽しみで描きに来ていました。

しかしある日1のグループはシールをあげる制度をなくしてしまいました。

するとどうなったと思いますか。

1のグループは絵を描きにくる子が明かに減ってしまったんです。
以前は自発的に絵を描くことを楽しんでいたのに。

もちろん2は以前と変わらずです。

ここで1のグループに何が起こったと思いますか?

それは報酬が変わってしまったんです。

今までは絵を描く楽しみや上達する事が報酬であったのに
いつしか
シールをもらうという報酬に変わってしまったということです。

そしてこの報酬、シールだけでなく
「褒める」という行為も報酬に成り代わってしまうんですね。

ですので私はそれでも褒めるということをするのなら過程を褒めることをおすすめします。

過程を褒めるとは認めること

なぜ過程を褒めることは良いとしているかと言いますと。

結果は誰にでも見えるものであって、
正直結果を褒めるのは誰でもできることなんですね。

反対に過程を褒めるということはどういうことかと言いますと

普段からその子のことを大事に見て、普通なら見えてこないようなところも
わかってくれている。つまり認めていることに繋がります。

「あぁ、私はここにいていいんだ」

そんな感じですね。

この人は私の大事なところを見ていてくれている
出来た、出来ないだけでなく失敗したとしても
「私」そのものを認めてくれている

これが過程を褒めたほうが良い理由です。

皆さんも褒めるならぜひ過程に注目してみてくださいね。

子ども研究所2では子育てをする親、そして保育士の力になれればと思い
日々ブログを書いています。

https://twitter.com/kensaki26 ツイッターもやっています。

じゃまたね!

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