大好きなタオルが手放せない【心の拠り所】

保育士 
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こんにちわ、けんさきです。

保育士を続けながらも自信の勉強そして
子育てを頑張るママパパ保育士の皆さんの力に少しでもなれればと思い
毎日記事を書いています。

今日は
大好きなタオルが手放せなくて困っている方
に向けて書いていこうと思います。

これはタオルだけでなくミニカーだったり。
ヨレヨレのTシャツだったり、
絵本だったりするかもしれません。

小さい子が同じものを肌身離さず持っていて、
親や先生が声を掛けても絶対に離せない
なんてことありませんか。

私は保育園で働いているんですがこういった子は
クラスに一人は見かけます。

そして四六時中、
それこそ保育園でも肌見放さず持っているのですから
随分とボロボロになってきます。

そんなとき親としては

こんなボロボロのものをもたすより、
きれいな新品を買ってあげたほうがいいのかな

保育園では持たせないほうがいいのかな

そろそろこんなものに頼るのはやめさせなきゃだめなのかな

などと思われるかもしれません。

私はそうは思いません!

そこを実行に移す前に、
私の実体験をもとに一つ考えてみませんか?

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お気に入りは新しくできない

皆さんお気に入りのものはありますか?
私はボロボロの肌着が大好きなんです。

白色のエアリズムのやつなんです。

しかし新しいものを買おうとは思いません。

なぜならお気に入りだからです。

同じ商品なら新しい方がいいじゃないか、
と思うかもしれませんが

私にとっては1年以上着続けてボロボロのエアリズムと
新品のエアリズムは別物なんです。

それは肌触りもだし、
ヨレた感触もだし、
洗濯を通して変化した質感匂いなどもそうです。

これは大人子ども関係ないと思います。

なので子どもも新しくすればいいというよりは、
いま手に持っているそれがお気に入りということなんです。

実際にあったんですが、
ハンカチがお気に入りでボロボロになっても
毎日持ってくる子どもがいました。

その子はそれが本当に大好きだったんですが
いつの間にか親が汚いのを捨てて新しいものを用意していました。

その子は数日塞ぎ込んだ様子で園にきて、
それ以降持ってくることはありませんでした。

持ってこなくなったんだからいいじゃないかと
思うかもしれませんがそれは違います。

もちろん前向きな姿に戻るには色々な関わりや時間が必要でした。

それにしてもここまでこだわるのはなぜでしょうか?

ちなみにその子は所謂障害で当てはまる子ではないし、
そもそもこういったこだわりは障害の、有無関係なくあります。

こだわりは安心感

こんなにこだわるのにはきっと子どもなりに深いわけがあります。

保育園で働いているので園での話になってしまいますが、

自分が小さい頃に来ていた服を毎日肌見放さず持ってくる子どもがいました。

その子は3歳になり、環境の変化もあったり
、その子自身は自信を持って行動することに時間がかかる姿がありました。

新しい取り組みには一歩引いて見守っていたり、
他の子の取り組みを見ていることが多く、
そういったときは必ず服を握っていました。

もちろん表情もはつらつとはしていなくって
私の目で見る限りはどこかどんよりとした印象でした。

そんな子でも自由遊びの時間に楽しそうな表情を浮かべ
楽しそうに取り組む事もありました。

さらに服をそばにおいて遊ぶこともあったんです。

それは自由遊びの時間で友達と一緒に
積み木遊びをしているときでした。

とても楽しそうで、
両手を使って積み木を並べていました。

この違いを私なりに考えて、
見出しで書いたようにこだわりは安心感につながると思っています。

不安でいっぱいの生活の中で手放せなかった服は
小さいころに着ていた思い出の服です。

そんな服をもって新しい環境の自分がまだ慣れなくて
以前の自分にすがり支えにしているように感じました。

そしてそれが遊びを通して少しずつほどかれて、
時々新しい自分を試してみるためにお気に入りの服を手放す、そんな気がします。

大好きな〇〇が手放せないのは単にお気に入りではなく、
その子自身が心の拠り所として支えてくれる大切なアイテムで、

いつか巣立つ雛鳥のように外の世界に
飛び出すための大事な時間であるかもしれません。

そう考えると今その子に何が必要なのか
というときに

こだわって肌身離さず持っているものは
その子の心の現在地を表した指標かもしれない

そしてそれは船の舵でもあって
無理やり取り除いたり交換してしまうと
航海不能、沈没船になってしまうかもしれない。

そんな風に思える選択肢も出るんではないでしょうか。

子どものことを考えるうえで大切にしたいことは
子どもの行動一つひとつにきちんと理由があるという事前提に

物事を考えていきたいなということです。

子どもたちは理由の言語化は難しいかもしれませんが
大人が思っている以上にたくさんのことを考えて生きている

もんですからね。

じゃーーーねーーーーー!

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